高松高等裁判所 昭和27年(う)339号 判決 1952年9月15日
控訴人 被告人 和田利徳
弁護人 清家栄
検察官 十河清行関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人清家栄の末尾添付控訴趣意第一について、
所論は宇和島税務署の被告人に対する昭和二四年度所得税額更正決定(税額六六〇〇円納期昭和二五年三月三一日)は被告人の再調査請求に基き昭和二五年五月三一日為された再調査を理由ありとする決定(税額を七二五円とする)により廃棄せられて無効となつた、然るに本件差押はこの無効になつた更正決定に基きなされたから無効であると主張するけれども国税徴収法第三一条ノ二第五項第三号によれば再調査の請求を理由ありとするときは、請求の目的となつた処分の全部又は一部を取消すべきものであるから全部が取消された場合は前の処分は当然無効になるけれども一部が取消されたに過ぎない場合はその取消されない部分はその儘有効に残ることは自明の理である、然るに本件の再調査請求に対する決定は請求を理由ありとする決定には相違ないけれどもそれは更正決定による税額六六〇〇円を七二五円としたものであるからこれを超過する部分は取消されたが七二五円の限度に於て更正決定は維持せられたことが明らかである、そして本件の差押は七二五円に限つてなされたものであるから何等違法でなく固より差押が無効になる筈がない、又所論は再調査を理由ありとする決定が書面により被告人に通知せられない前に差押がなされたことを云為するようであるけれども同法条第三項によれば再調査の請求は税金の徴収又は滞納処分を妨げないものであるから所論は何等理由がない。
同控訴趣意第二について、
所論税額の修正が前説示のようなものであり再調査請求が税金の徴収又は滞納処分の続行を妨げないことは前説示により明らかでありかつ原判決に証拠として挙げている所論指摘の証人溝淵克己、百合範貞、岩崎一成の証言はその指摘部分だけをみれば相互に多少相違するかのようであるがその余の部分をも併せて全体として考察比照するときは趣旨を同じうするものであることが明らかであるから孰れも証拠の価値がある、それ故論旨のような違法はない。
同控訴趣意第三について、
原判示第一は「被告人は宇和島税務署員が滞納税金のため差押した自転車に施した封印を引き破つた」と判示しているのが明らかであるから封印破棄の罪の判示として欠けているところはない、しかして右の場合において罪の構成要件に属しない差押を実施した署員の氏名について誤認があるとしても(記録によれば判示税務署総務課次長溝淵克己は被告人その他に対する滞納処分の執行について総指揮者であつたから判示に誤りがあるとは思われない)その誤りの如きは判決に影響を及ぼさないから控訴の理由とならないと言わなければならない、又判示第二の事実に関する証人赤松久、後藤善六の証言に徴し同事実に関する証人溝淵克己の証言を信用することができるのに鑑み所論の証人二宮音一の証言は信を措き難いと言うべく、従つて原審がそれを排し前記証人等の証言を採用したのに法則違反はないしそれ等証拠と差押調書とを綜合すると判示事実を認めるに足りるから事実の誤認もない、それ故論旨は理由がない。
よつて刑訴法第三九六条により主文の通り判決するのである。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)
弁護人清家栄の控訴趣意
第一、原判決は罪とならざる事実に対し刑を言渡した違法がある。即ち原判決理由中罪となる事実として、
第一、昭和二十五年六月十六日午前十一時過頃自宅附近道路上に於て宇和島税務署総務課次長溝淵克己が滞納整理の為め差押した中古自転車一台に施してあつた封印を引破つて破棄した、と判示し之を刑法第九十六条に問擬しているが該差押は次の理由に因り全く無効のものであるから差押の為め施した封印を破棄した行為は同条の罪を構成しないものと信ずる。即ち、(一)被告人に対する昭和二十四年度所得税額更生決定に於て宇和島税務署長は税額を金六千六百円として昭和二十五年二月二十日頃告知をした処之に対し被告人より異議の申立あり同税務署員中野栄丸片山一正に於て調査をとげた結果異議の申立を理由ありとして税額を七百弐拾五円と修正され同年五月三十一日同税務署長の決裁を経たものであるが同署長は被告人に対し之が告知を為さざる前同年六月十六日突如国税徴収法による滞納処分として差押をなすに到つたものであるがその執行名義たる税額六千六百円の納付を命じたる更生決定は差押執行前同署長に於て同年五月三十一日付で廃棄せられ無効に帰したものである、従つて該更生決定に基く差押は仮令後に修正されたる税額七百弐拾五円の範囲に於て為されたものといえども違法であり無効のものたることは論を俟たない。
従つて差押が無効である以上差押物に施されたる封印を破棄したとて犯罪を構成する筋合ではない、然るに現判決がたやすく被告人の封印破棄の所為を刑法第九十六条に問擬したのは罪とならざる事実に刑を科したものであつて不当であると信ずる。
第二、原判決は罪となる事実を認めた証拠として溝淵克己、百合範貞、岩崎一成の証言を引用しているが原審第二回公判調書中溝淵克己の証言中本件差押の基本たる執行名義が税額を六千六百円として告知した更正決定であるか将又昭和二十五年五月三十一日修正の税額七百弐拾五円の決定であるのか全く拠りどころがない。即ち同調書中同人の供述を摘録すれば、問、証人達が滞納処分に行つた際六千六百円を七百弐拾五円に減額訂正の通知書は既に和田に送達されていたのか、答、送達されて居りません。問、納税者に対して減額訂正の通知をせずして滞納処分が出来るか、答、国税徴収法に更生決定に対する再審査の請求中と雖も国税の徴収は猶予しないと規定されて居りますから其の場合滞納処分をすることが出来ます。と記載がある、然し本件の差押は更正決定に対して被告人が異議を申立たのみではなく異議を理由ありとして更正決定を廃棄した後であるから単に国税徴収法によつて異議の申立は執行停止の効力がないという場合とは大いに趣を異にしている。更に同調書中、問、和田利徳に対する昭和二十四年度所得税の更生決定額六千六百円を七百弐拾五円に減額訂正の決定したのは何時か。答、本年五月に直税課で減額訂正の決定をしました。問、その訂正通知を和田にしたのは、答、滞納処分をした本年六月十六日に口頭で告知しました。との記載がある、之は税法上税額納期は必らず令書に依つてなされる事を忘却したか又は虚偽の陳述をなしたものであるか前の答と矛盾している。即ち前には税額六千六百円の更正決定が執行名義であり此処では減額した税額七百弐拾五円が執行名義であるという事に解さねばならぬ。尚、問、和田利徳から幾何の滞納税を徴収するためにその滞納処分に臨んだか、答、和田利徳に対する所得税滞納処分票には六千六百円の税額が記入してありましたのでそれを徴収する心算で処分に臨みました。問、すると証人達が滞納処分に臨む際証人は和田利徳に対する税額が訂正されていた事実を知らなかつたのか、答、私は単に滞納処分を監督のため吉田町に行つたものでありますから個人の税額等は知らず従つて左様な事実も知りません。との問答あり之によつてみれば同人は明確に更正決定の更に減額訂正された事実を知らないものといわねばならない。果して然らば前記の口頭で告知云々は全く虚偽である。又証人岩崎一成の供述記載として、問、和田利徳に対する滞納処分票に記載されていた税額は、答、和田氏に対する処分票は滞納処分に行く前日か前々日に直税課に廻付されたのですがそれに記載されていた税額は六千六百円を七百弐拾五円に訂正した額でありました。問、和田に対しては税額幾等の滞納処分をするために同人宅に臨んだか。答、和田に対しは減額訂正された額を執行しようとして処分に臨みました。問、更正決定による納期限経過後に税額が訂正された場合の税の徴収方法はどうなるのか、答、その場合には訂正された旨を納税者に通知した上で徴収します。問、通知の方法は、答、訂正通知書を郵送します。問、和田の場合にはその通知書を郵送していたか、答、本年六月十六日処分に行つた際には未だ送つておりません、それで私は和田に対して税額が七百弐拾五円に減額訂正された旨と訂正通知書は後日送達される旨を口頭で告知した上執行した次第です。問、税務署が訂正された場合口頭告知の方法によつても滞納処分が出来るのか、答、訂正未通知の場合には一応更正決定による税額全部を徴収した上後日訂正になつた額との差額を還付してやるということになつておりまして和田の場合私は減額訂正額即ち七百弐拾五円そのものの滞納処分をしたのではなく六千六百円の一部七百弐拾五円を執行したのです。とある、即ち溝淵克己の証言と照応すれば甚だしい矛盾撞着がある。一つの事実に於てかかる前後不揃いの供述が証拠として価値のないものである事は多言を要せざる処である。原判決が単に同人等の証言とのみ記載してその何れの部分を引用したのか明瞭でないが以上の証言でみる時は本件被告人に対する差押執行が無効のものであるという事の更に強い裏付けであるといわねばならぬ。
第三、原判決は事実の誤認がある事を疑うに足る顕著な理由がある。即ち罪となる事実の、第一、本件の被告人に対する滞納処分の執行は宇和島税務署員岩崎一成及百合範貞の両名に於て為されたものなる事は同人等の供述によりて明白である。即ち岩崎の供述中、問、和田利徳に対する滞納処分は証人と百合範貞の両名が担当したのか。答、左様です。又百合の供述中、――私は町角の何とかいう歯科医方から吉田町警察署に対し電話で差押に立会方を依頼したところ早速同所の赤松、篠藤の両巡査が来てくれましたので両巡査立会の上で和田氏所有の中古自転車一台の車体に封印して之を差押え其場で差押調書を作成しとあり又証人溝淵克己の証言によるも自分は滞納処分執行の監督の為立会つた者であると述べている。然るに原判決は罪となる事実の第一に於て「溝淵克己が滞納金整理の為め差押した中古自転車一台に施してあつた封印を引破つて破棄した」と判示しているのは証拠によらずして事実を認定した違法がある。第二、更に其際溝淵が持つて居た右自転車のハンドルを掴んで強引に引張つて之を奪取して暴行を加え以つて同人の公務の執行を妨害した。というのであるが果して被告人が上記の行為に出たとするならば溝淵克克己の他岩崎、百合が其場に居合せ又其附近に篠藤赤松両巡査が居た訳であるから直ちに被告人を検挙するなり少なくとも其行動を制止する事が出来得た訳である。此点に関し原判決が証人溝淵克己以下の証言を証拠としてあげているが之又その供述の何れの部分を引用するのか明瞭でないが右の証人以外の目撃者である二宮音一郎の証言によれば、問、和田は隣家道路上にあつた自転車一台を自宅に持ち帰つたとの事だが自転車を持帰る際同人と溝淵次長との間に自転車を奪い合つた事があつたか。答、和田氏と溝淵次長が自転車を奪い合つた事はありません。(中略)問、すると和田と溝淵とは自転車を奪い合わなかつたと謂うのか。答、左様です私が見た処では奪い合つておりません。次長は和田氏が自転車を自宅へ持帰つて後に同人宅へ行つたのです。とあり全く判示事実を認むる事が出来ないものである。前述した様に証人の証言が前後矛盾を生じ不明確なるに拘らず又その何れを引用したかも示さないで漫然事実を認定したのは採証の法則を過つた違法があると信ずる。
以上の次第であるから原判決を破棄して被告人に対し無罪の判決あらん事を求める。